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一応手当てはしてある様だが、ここに運ばれるまで馬に揺られたせいか再び滲み出している血に、小十郎は雑に巻き付けられていた止血の布を解き処置をし直す。

「…ぅ…っ」

その痛みと振動が意識を取り戻させたのか、彰吾の口から呻き声が漏れた。
そして微かに瞼が震え、ゆっくりと開いていく。

「―っ…おれは…」

「気が付いたか彰吾」

小十郎が声を掛ければ、ぼんやりとしていた彰吾の瞳に強い光が戻ってくる。

「…小十郎、殿」

その瞳が側に膝をついた小十郎を写し、次に状況を把握しようと己の周囲へと向けられた。
途端、その目は鋭く刃の様に細められ、彰吾は凭れていた木から体を起こした。

「待て、彰吾!」

小十郎の制止も聞かず痛む体を引き摺り、真っ直ぐに。立ち上がった彰吾は政宗の横をすり抜け、驚きに目を見開いた幸村の胸ぐらを掴んだ。

「ってめぇ真田ァ!」

「ぐっ…彰吾殿っ…」

「何で止めた!てめぇが邪魔しなけりゃ遊士は…っ!」

普段の落ち着き払った姿が嘘の様に、彰吾は感情を剥き出しにして幸村を締め上げる。

「万が一があれば…俺は絶対にてめぇを許さねぇ」

苦し気に顔を歪めた幸村が言葉を紡ぐより先に、幸村の胸ぐらを掴んでいた彰吾の手を政宗が掴む。

「止めろ彰吾。話はまだ終わってねぇ。この手を離せ」

有無を言わせぬ声音に彰吾は掴んでいた手から力を抜き、解放された幸村はごほごほと咳き込んだ。

「コイツだって遊士が連れ去られるのをみすみす見逃したわけじゃねぇだろ」

「けほっ…。そうで、御座る。遊士殿には佐助をつけてある」

だから信じて下され、と幸村は殺気立つ彰吾の目を見返し答えた。

裏表無く向けられた真摯な視線。応えることなく無言で受け止める彰吾の肩に、後ろから近付いてきた小十郎が右手を置く。

「彰吾」

「……分かってます」

自分のしていることは八つ当たりだと。
遊士を守りきれなかった己の不甲斐なさに苛立ち、それを身近にいた幸村にぶつけているだけだと。

頭は理解していても心が追い付かない。

彰吾はキツく拳を握り、瞼を閉じると、細く息を吐き出す。
溢れ出しそうになる感情を一つ一つ塞き止め、彰吾はゆるりと瞼を持ち上げた。

「申し訳ありません。少し取り乱してしまい…」

遊士の家臣となってからは、己の言動が遊士にまで飛び火しないようにと努めていたはずなのに。此度の失態で冷静さを欠いてしまった。
だがしかし、元来、彰吾は穏やかな気性の持ち主である。…ある一点を除けば。

それが、遊士に関する事であり、彰吾の感情の振れ幅を大きくしていた。

「お前が謝る必要はない。遊士様を想えば当然のことだ」

「ソイツも気にしちゃいねぇさ。そうだろ」

「無論。某がもっと早く駆け付けていれば」

謝罪の言葉を口にした彰吾を誰も咎めようとはせず、逆に、小十郎も政宗も、八つ当たりをされた形になった幸村本人でさえも気にした素振り一つ見せずそう彰吾に声をかけた。

「………」

これが幾度も戦場をくぐり抜けて来た政宗達と自分の違い、経験の差か。
静かに目礼で返した後、彰吾はぐらりとその場に膝から崩れ落ちた。

「彰吾っ!」

「彰吾殿!」

すぐ側にいた小十郎がいち早く反応し、地面に膝をついた彰吾を支える。

「っう…、だ、大丈夫です。気が緩んだだけですから」

すぐに手を離したが、彰吾が脇腹辺りを押さえたのを小十郎は見逃さなかった。
彰吾がさらに言葉を重ねるより先に、小十郎は彰吾の脇腹に触れる。

「―ぅ…くっ」

前触れもなく走った痛みに、堪えきれず彰吾の口から苦痛の声が漏れた。

「これで良く平然と立って動いてたもんだ。腰の傷もそうだが何があった?」

幸村が駆け付けた時には彰吾は満身創痍で、遊士は連れ去られる所であったと話している。

「俺のことより遊士様を…」

「当然遊士は助ける。だがその前にお前の話を聞きく必要がある」

真田からの話だけでは不明な点が多い。何故、遊士が連れ去れることになったのか。そして、背後から受けたと思われる彰吾の腰の傷。

時間が惜しいのは政宗とて同じだが、焦りは失敗に繋がる。

自軍の兵士に指示を出し、彰吾の脇腹に応急処置を施す小十郎と、その側に寄って行って何故か手伝いを始めた慶次。

「聞いてりゃアンタのとこの家臣がお山の大将に拐われたって?」

「政宗殿、こちらは…」

「西海の鬼だ。向こうにいるのが風来坊」

初顔合わせはその名と顔を一致させるだけに留め、幸村と元親は余計な会話は交わさずに、手当てを受けながら話し始めた彰吾の言葉に耳を傾ける。

「豊臣の軍師、竹中 半兵衛は…遊士様が何処から来たのかを知っていました」

険しい表情を浮かべて告げられた台詞に、その意味を知る政宗と小十郎が息を飲む。

「そして、この腰の怪我は伊達の兵に。…伊達軍内に豊臣の間者が潜伏していると思われます」

ざわりと兵達の間に動揺が走る。
この報告には顔色を変えなかった二人に、彰吾はその後も静かに言葉を続けた。

本能寺にて第六天魔王が討たれ、天下を賭けた戦の舞台はこれより大阪城へと移ることとなる。
集うべくして集った兵(つわもの)達が、明日を勝ち取る為に。
今、蒼き竜が飛翔する―。



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